ローザ・ブラゼク、ジョセファ・ブラゼク

Blazek Sisters3

ローザ・ブラゼクとジョセファ・ブラゼクは、殿結合対奇形の双子として、1878年1月20日、チェコ・スロヴァキアに産まれた。二人は当時、その美貌から「ボヘミアン・ツインズ」と呼ばれ、もう一組の人気姉妹であったヒルトン姉妹と人気を二分する「最もセクシーなシャム双生児」(*1)として、世間の注目を集めた。二人は多くの結合性双生児がそうであると言われるように、全く違うパーソナリティを持っていた。ローザは非常に社交的で明るく、一方ジョセファはふさぎがちで内向的であった。その違いは性格だけでなく、食べ物の嗜好なども全く別々であったという。

二人は片方が眠っているときに片方は目を覚ましていたり、片方が空腹を感じている時に、片方はまるでそうでもなかったりと、全くそれぞれ別々の感覚を持っていたようである。"主従関係"ははっきりしており、勝気なローザはいつも"支配権"を握り、ローザはジョセファをまるで引きづるようにして歩いていたという。

1910年、ローザは子供をもうけ、やがて元気な子供を産んだ。この時、ローザは自分の妊娠を否定し、処女懐胎であると主張して、世間を賑わせた(妊娠時、ローザのお腹は明らかに子供を宿した妊婦のそれであったが、二人は何も知らないと言い続けた)。しかしやがて子供が生まれると、ジョセファはローザに恋人がいたことを認めた。

マスコミはこの子供一人に母親二人、夫一人という奇妙な家族構成を、大げさに騒ぎ立てた。またこうした結合双生児で元気な子供を産んだのは、今日、彼女ただ一人であると言われている。二人の父親にはその後、フランゼルと言う名の男が名乗りでたが、神父は彼女らの堕落を指摘し、結婚式を執り行うことを拒否したと言われる。

その後、二人は子供を連れて新たに興行を続けたが、1922年3月30日、ジョセファは黄胆を患って死亡した。死亡直後、ローザはすぐに分離手術を行うよう、夫や兄弟(彼女らには男の兄がいた)に頼み込んだが、彼らはその願いを拒否した。そして約10日後、ローザも死亡した。

*1.『フリークス 秘められた自己の神話とイメージ』(レスリー・フィドラー著、伊藤俊治 他訳)